歩くことが目的になっていませんか?

医療・福祉の制度、支援

通院リハビリで、こう言われていました。

「50メートルくらいで疲れて、前傾姿勢になりますね」

数字で言われると、そういうものかと素直に受け止めていました。屋外を歩くのは、まだ難しい段階なのだろうと。ところがその数日後、まったく違う姿を見ることになりました。

行きつけのスーパーへ

妹が趣味の用事で朝から出かける日、私は早めに実家に様子を見に行きました。10時過ぎに着くと、父はまだパジャマ姿。「コーヒー飲みに行こう」と誘うと、ぶつぶつ言いながらも着替えてくれました。

行き先は、父が長年通っている、いつものスーパーです。以前、初めての場所に連れて行って落ち着かなくなってしまったことがあったので、今回は迷わず「行きつけ」を選びました。

日曜日で駐車場は混み合い、入口の近くに車を停められませんでした。少し歩くことになります。

車いすを断った父

入口に、貸し出し用の車いすがありました。「借りる?」と声をかけると、父は即座に答えました。

「要らない」

そのまま、2階のフードコートまで、エスカレーターを使って自分の足で上がっていきました。

正直、心の中では身構えていました。片道だけでも100メートルは優に超える距離です。リハビリで「50メートルで疲れる」と聞いたばかりでしたから。

けれど父は、最後まで歩き切りました。

フードコートでコーヒーを飲みながら向かい合う父と娘

座って過ごす一日と、動く一日

実は、退院直後にもこんなことがありました。通院リハビリのスタッフから「2日間で、びっくりするほど筋力が落ちています」と言われたのです。

振り返ると、退院してからの父は、日中ほとんど座って過ごしていました。入院中はリハビリの時間があり、病棟の中を車いすで移動する機会もありましたが、自宅に戻ると、動く必要のある場面そのものが減ってしまいます。

だからこそ、行きつけのスーパーで見せた歩きぶりには、なおさら驚かされました。座って過ごす一日が続いていたはずなのに、「行きたい」と思える目的があるだけで、これだけ歩けるのかと。

数字が測れないもの

以前の記事で、退院時のFIM評価(機能的自立度の評価)が良好でも、注意障害や耐久性の面で転倒リスクは高いままだった、という話を書きました。「できる」と「安全にできる」は別物だ、と。

今回はその逆方向の驚きでした。評価の数字よりも、実際にできることの方が大きかったのです。

リハビリの「50メートル」は、決して間違った数字ではないはずです。リハビリ室という慣れない環境で、決められた課題として歩くときの記録なのだと思います。それは、ある条件のもとでの一断面であって、生活のすべての場面に当てはまる上限ではないのかもしれません。

📝 リハビリの評価は、そのときの状態を知るための大切な目安です。ただ、実際の生活の中でどこまで動けているかは、ご家族が見ている場面でしか分からないこともあります。気づいたことがあれば、遠慮なくリハビリスタッフに伝えてみてください🌿

「歩かされる」と「自ら歩こうと思う」

あの日、なぜあんなに歩けたのか。私なりに考えてみました。

ひとつ思い当たるのは、「歩かされている」のか「自ら歩こうと思っている」のかという違いです。

リハビリの課題としての歩行と、行きつけの店でコーヒーを飲むために歩く距離。同じ「歩く」という動作でも、本人の中での意味合いはまったく違うのではないでしょうか。目的地があり、慣れた景色があり、自分の意思で「行きたい」と思って歩くとき、人は普段以上の力を発揮することがあるのかもしれません。

これは医学的な根拠があって言っているわけではなく、家族としての実感です。それでも、車いすを「要らない」と自分で判断できたこと自体、本人の中に「まだ大丈夫」という感覚と意欲が残っている証拠のように思えました。

もちろん、無理をさせてよいという意味ではありません。転倒のリスクは、リハビリで言われていたとおり、確かにあります。ただ、本人のやる気や慣れた環境が、その日その場面での力を引き出すことがある、という可能性は、家族として知っておいてよいことだと感じています。

家庭でできる、小さな工夫

この経験から、家族としてできることも見えてきました。「歩く練習をしましょう」と目的のない運動を促すより、本人にとって意味のある用事に、さりげなく付き添うという形です。

  • 行き先は、できるだけ慣れた場所を選ぶ
  • 「歩く練習」ではなく、「一緒にコーヒーを飲みに行こう」といった、本人が乗り気になれる誘い方をする
  • 歩けた距離や様子を、次のリハビリの機会に共有する

特別なことではありません。ただ、リハビリの数字だけを見て「もう無理はさせられない」と行動範囲を狭めてしまうより、本人の意欲が働く場面を見つけて、そこに寄り添う方が、結果として活動量を保てることもあるのだと感じています。

まとめ|数字は一断面、生活の中の姿もあわせて

リハビリで示される数字は、状態を知るための大切な手がかりです。それを疑う必要はありません。

ただ、その数字だけで「これ以上は無理」と決めつけてしまうのも、少しもったいない気がします。行きつけの場所、本人が「行きたい」と思える目的、そうした条件がそろったとき、思っている以上の力が発揮されることがあるのかもしれません。

ご家族が見ている「家庭での様子」は、リハビリの現場だけでは分からない、貴重な情報です。次にリハビリスタッフと話す機会があれば、「実はこんなことができました」と、ぜひ伝えてみてください。評価と実生活、両方の情報が合わさることで、その方に合った次の一歩が見えてくるはずです🌸


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