入院中に認知症が進んだ気がする〜「穏やかになった」を素直に喜べない家族の気持ち〜

医療・福祉の制度、支援

「お父さん、最近落ち着かれましたよ」

そう言ってもらえるのは、ありがたいことのはずでした。

でも私は、その言葉に素直にうなずけませんでした。たしかに父は穏やかになりました。以前のような、細かいことを気にして苛立つ姿は減りました。

——けれど、それは本当に「落ち着いた」のでしょうか。

私はMSW(医療ソーシャルワーカー)として、認知症のある方とご家族に何度も関わってきました。頭では、こういうことが起こりうると知っていました。

それでも、自分の父のこととなると、まったく別の話でした。

入院で認知症は進むのか

まず、よく聞かれることについて整理しておきます。

「入院したら認知症が進んだ気がする」——これは、多くのご家族が感じることです。

正確に言うと、入院そのものが認知症を発症させるわけではありません。ただ、次のような要因が重なることで、もともとゆっくり進んでいた変化が、急に目に見える形で現れることがあると考えられています。

  • 病気そのものによる身体への負担(炎症・発熱など)
  • 痛みや不快感
  • 入院という大きな環境の変化
  • 生活リズムの乱れ、活動量の低下
  • 使用する薬の影響

「入院で悪くなった」というより、「入院という負荷が、変化を早めた」というイメージが近いかもしれません。

なお、入院直後に急に混乱したり、時間や場所がわからなくなったりする状態は「せん妄」と呼ばれ、認知症とは区別されます。せん妄は一時的なもので、原因が取り除かれれば改善することが多いものです。気になる変化があるときは、担当の医師や看護師に相談してみてください。

父に起きたこと

父はもともと、心配性で神経質なところがありました。小さな変化にもすぐ気づいて、気にする人でした。

認知症の症状が出はじめてからは、そのこだわりがいっそう強くなりました。新しいことへの抵抗、いつもと違うことへの不安。

入院してからは、それに加えて「帰りたい」という思いが重なりました。

短期記憶が保ちにくくなり、危険なことへの認識も薄れていました。転倒の危険があるため、行動を制限せざるを得ない場面が増えます。本人にとっては、なぜ止められるのかがわからない。当然、不満が募ります。

その状態が続いた結果、精神科(心療内科)の医師による診察を受け、お薬の調整が行われることになりました。

薬の調整について思うこと

認知症にともなう不安や興奮、昼夜の逆転などに対して、お薬が使われることがあります。

私の父の場合も、症状に合わせて何度か薬の内容が変わりました。眠れないことへの対応から始まり、不安や落ち着かなさへの対応へと、段階的に調整されていきました。

家族として、正直に言えば複雑な気持ちがありました。

「薬で抑えている」のではないか。「本人らしさ」を奪っているのではないか。

——そんな思いが、頭をよぎらなかったといえば嘘になります。

けれど同時に、こうも思うのです。不安や苛立ちの中にいるのは、本人が一番つらいのではないか。落ち着いて過ごせる時間が増えることは、本人にとっても救いなのではないか、と。

答えはまだ出ていません。ただ、迷いながらでも、医師や看護師と相談を重ねていくしかないのだと思っています。

(お薬の種類や使い方は、その方の状態によってまったく異なります。気になることがあれば、必ず主治医にご相談ください。)

「穏やかになった」ことへの、複雑な気持ち

いま、父は以前より穏やかです。

でもそれは、よく言えば穏やか、悪く言えば——ぼんやりしている、という言い方もできる変化でした。

話す内容の繰り返しは、もともと多い人でした。けれど最近は、その話のバリエーション自体が減りました。昔の記憶も、少しずつあいまいになっています。

写真を見せても、私や孫のことが、すぐにはわからないことがあります。

「落ち着いてよかったですね」

そう言われるたびに、うなずきながら、心の奥がざわつくのを感じます。トラブルは減りました。でも、その代わりに何かが静かに遠ざかっていく。そんな感覚があるのです。

妹も、はっきりとは言葉にしませんが、同じことに気づいているようです。

専門職でも、家族としては戸惑う

私は仕事柄、こうした経過をたくさん見てきました。

だから「覚悟はしていた」つもりでした。知識としては、何が起こりうるかをわかっていたつもりでした。

それでも、実際に目の当たりにすると、戸惑います。

知っていることと、受け止められることは、別なのだと痛感しています。

もし今、同じように戸惑っている方がいたら——それは、あなたが弱いからではありません。ましてや、勉強不足だからでもありません。

大切な人の変化を前にして揺れるのは、ごく自然なことだと思うのです。

それでも、今できること

答えの出ないことばかりですが、いくつか、心に置いていることがあります。

「わからない」ことを責めない

写真を見てすぐにわからなくても、慌てて確かめたり、正解を求めたりしないようにしています。「これ、誰かわかる?」ではなく、「この写真、いい顔してるでしょう」と話しかける。それだけで、場の空気は変わります。

変化を一人で抱え込まない

妹と、感じたことを話すようにしています。同じものを見ている人がいるだけで、少し楽になります。

専門職に相談する

薬のこと、これからのこと、気になることは医師や看護師、ケアマネジャーに聞いています。「こんなこと聞いていいのかな」と思うことでも、相談していいのだと思います。

まとめ

  • 入院そのものが認知症を発症させるわけではないが、身体への負担や環境の変化が重なって、変化が早く現れることがある
  • 急な混乱は「せん妄」の可能性もあり、認知症とは区別される
  • 不安や興奮に対して薬が使われることがあり、家族としては複雑な気持ちを抱えやすい
  • 「穏やかになった」ことを、素直に喜べない気持ちがあってもいい
  • 知識があっても、家族としては戸惑う。それは自然なこと

私自身、まだ答えは出ていません。それでも、迷いながら父と向き合う時間そのものが、意味のないものではないと信じています。

同じように揺れているどなたかに、この文章が少しでも届けばうれしいです。

入院中の生活については回復期リハビリテーション病棟ってどんなところ?、「帰りたい」という訴えについては【4コマ漫画 第4話】もう帰れるじゃろ?でも触れています。

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