「歩けるから大丈夫」と言う親に、杖や歩行器を勧める難しさ

医療・福祉の制度、支援

「大丈夫、歩ける」

そう言う親の後ろ姿を見ながら、ヒヤッとしたことはありませんか。

脳梗塞で入院していた父が自宅に戻って、2か月半ほどが経ちました。父は今も、自分は歩けると思っています。実際、短い距離なら歩けます。でも家族から見ると、危なっかしい場面がいくつもあります。

安全のために杖や歩行器を、と思っても、本人はなかなか使ってくれません。今回は、父の様子を通して「歩けると思っている親に、道具を勧める難しさ」について、家族として、そして医療ソーシャルワーカー(MSW)として考えたことを書いてみます。

父の歩き方、ここが危ない

父の歩き方には、いくつか気になるクセがあります。

  • 早く座りたくて、突進するように歩く:目的地に早く着きたい気持ちが先に立ち、前のめりのまま勢いよく進みます
  • 椅子が近づくと、足がもつれる:座る場所が目に入ると注意がそちらにそれて、足元がおろそかになります
  • 早めに座ろうとして、バランスを崩す:椅子にまだ届いていないのに、腰を下ろしにいってしまいます

本人にとっては「早く楽になりたい」という、ごく自然な気持ちなのだと思います。ただ、その気持ちが、いちばん危ない瞬間をつくってしまっています。

最近は、家の中で転ぶことも増えてきました。家の中の転倒については、別の記事であらためて書きたいと思っています。

「杖を持っている」と「杖が使えている」は別

父は一本杖を持っています。通院リハビリでは、理学療法士さんが杖を少し長めに調整してくれていて、それを使うと前のめりの姿勢がすっと伸びます。リハビリの場では、杖がきちんと役に立っているのです。

ところが、一人で歩くときは様子が違います。前のめりのまま杖を突くので、杖が体の前に斜めに出てしまい、床をしっかり支えられていません。持ってはいるけれど、支えとしては働いていない。そんな状態です。

杖は「持てば安全になる道具」ではなく、「正しく使えて、はじめて支えになる道具」なのだと、父を見ていてあらためて感じます。

多点杖も歩行器も「要らない」

もう少し安定感のある道具を、ということで、通院リハビリで多点杖を試してもらいました。多点杖は、杖の先が3〜4本に分かれていて、一本杖より自立しやすく、支える力も大きい杖です。

結果は、「重たい」と言って嫌がったそうです。

たしかに多点杖は、一本杖より少し重くなります。でも私は、本当の理由は重さだけではないのでは、と感じています。多点杖は見た目にも「介護の道具」という印象が強いので、それが嫌なのかもしれません。

思い返せば、入院中も同じことがありました。回復期リハビリ病棟で歩行器をいくつか試してもらったとき、父は「あれはいらん」とはっきり断りました。そのときは、車輪付きの歩行器だと前のめりの突進歩行と重なって危ないこと、持ち上げて使うタイプはうまく扱えなかったことも分かり、歩行器は見送りになりました(くわしくは入院中のカンファレンスの記事に書いています)。

歩行器のときも、多点杖のときも、根っこにあるのは同じ気持ちだと思います。父は、自分は歩けると思っている。だから、わざわざ道具を使うのがまどろっこしいのです。

MSWとして考える「拒否の裏側」

仕事で多くの患者さんやご家族と関わってきて、杖や歩行器を嫌がる方は、実はめずらしくありません。その理由として、よく感じるのは次のようなことです。

道具が「できなくなった証拠」に見える

家族にとって杖や歩行器は「安全のための道具」ですが、本人にとっては「自分が弱ったことの証拠」に見えることがあります。人目が気になる、年寄り扱いされたくない、という気持ちも重なります。これは、わがままというより、自分らしさを守ろうとする気持ちなのだと思います。

本人の「歩ける」と、実際の危なさがずれている

父の場合は、認知症の影響もあります。新しいことを覚えておくのが難しく、転びかけたことも、すぐに忘れてしまいます。危なかった経験が積み重ならないので、本人の中では「歩ける」という感覚のままなのです。

そのため、「この前も転びかけたでしょう」と説明しても、本人にはピンときません。説得で道具を使ってもらうのは、なかなか難しいと感じています。

「安全な道具」より「使ってもらえる道具」

どんなに安全な道具でも、使ってもらえなければ役に立ちません。逆に、少し安定感が劣っても、本人が手に取ってくれる道具のほうが、結果的に安全につながることもあります。道具選びは、性能だけでなく、本人の気持ちとの相性も大切なのだと思います。

家族ができる工夫

本人が道具を使ってくれないとき、家族にできることも、まだあります。我が家で考えていることも含めて、まとめてみます。

リハビリ職に「嫌がる理由」まで伝える

「多点杖を嫌がりました」だけでなく、「重いと言っています」「見た目が嫌なのかもしれません」と、家族が感じている理由まで伝えてみてください。理学療法士さんや作業療法士さんは、別の種類や軽い製品を提案してくれたり、今の杖の長さや持ち方を見直してくれたりすることがあります。

道具ではなく、環境と付き添いで補う

道具を変えられなくても、まわりを整えることはできます。父のように「座る直前」が危ない場合は、たとえば次のような工夫が考えられます。

  • よく座る椅子を、動線の近くに置いておく
  • 椅子が近づいたら「椅子はここよ、ゆっくりね」とひと声かける
  • 付き添うときは、横や少し後ろについて、座り切るまで見守る
  • 家の中の段差や、つまずきやすい場所を減らす

本人の注意力に頼る対策は、記憶が残りにくい父には効きにくいので、我が家では「本人が変わらなくても安全になる工夫」を中心に考えるようになりました。

レンタルなら、気軽に試せる

要介護認定を受けていれば、多点杖や歩行器は介護保険の福祉用具としてレンタルできることが多く、合わなければ返すこともできます。「買ったのに使わなかった」とならないよう、まずは試してみるのも一つの方法です。対象になる道具や手続きは、ケアマネジャーさんに相談してみてください(福祉用具については退院準備のチェックリストの記事でも整理しています)。

まとめ

「歩ける」と思っている親に、杖や歩行器を使ってもらうのは、本当に難しいことです。そこには、道具の重さや使いにくさだけでなく、「まだ自分でできる」と思っていたい気持ちが隠れていることがあります。

道具を使ってくれないからといって、家族の工夫が無駄になるわけではありません。座る場所を整える、ひと声かける、リハビリ職と一緒に考える。小さな工夫の積み重ねが、転倒を防ぐ力になると思っています。

我が家も、まだ答えが見つかったわけではありません。ヒヤッとする場面に毎日向き合っているのは、私よりもそばで暮らす妹です。悩んだときは、ケアマネジャーさんやリハビリのスタッフさんを頼ってください。一人で抱え込まなくて大丈夫です🌿


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